サクラカメラスリング

今年の春先からストラップをこれに変えて使っている。存在は数年前から知っており重いカメラで首や肩が凝る身としては良さげに思っていが、「女性向き」の先入観から縁の遠いものと思い込んでいた。
ところが、今年に入り男性向けの落ち着いた柄もラインナップされていることを知り、ちょうど販売イベントが開催されていた銀座三越に行き落ち着いた柄のを購入することができた。8月のミャンマー撮影などで使用しとても満足している。
購入の時、オススメの色・柄をいくつか出してくれて、その中から選んだ。今はもっと男性向けが増えているらしいので、また観にいきたい。

今までRolleiflexのストラップと言えば、両端に独特のカニ爪の付いた革の細いもで私も長年使い続けけてきた。このストラップに変えたところ謳い文句通り、幅の広いストラップのおかげで重量が分散され首、肩凝りが軽減された。根元付近にジッパーの付いた小物入れがあり重宝している。ブローニーフィルムが2本入り、頑張れば3本入る。撮り歩く前にここに2本入れておくとフィルム交換の度にバックを開ける必要が無いため効率が良い。フィルムを入れても邪魔にならず、アクセスもしやすい絶妙なサイズ、配置となっている。

また、バックに入れる時もストラップにカメラを包むことができるため保護にもなり、デザインだけでなく機能性にとても優れいてる。

 

素材は布製なので洗うこともでき、暑い東南アジアの撮影でも大汗かいたら手洗いして干しておけば良いのも助かる。

なお、Rolleiflex用のカニ爪金具は都内の中古カメラ屋で売られていたのでそれをそのまま流用した。

これを書こうと思ったのは、先日写真家・小原孝博氏のワークショップの写真展パーティに参加させてもらい、このストラップ「サクラスリング」の発案・企画そして製作し世に送り出している杉山さくらさんを思い出したからだ。杉山さんも10年くらい前に小原さんのワークショップに参加されていて、偶々観に行った時にお話ししたのを覚えている。その頃からこのストラップで起業を目指していたと聞いた。今やAmazonやヨドバシなど量販店でも販売され街でも見かける機会が増えている印象で今後の活躍・商品展開がとても楽しみだ。

ストラップとしては安い部類では無いが値段以上の満足感があり、カメラの重さに負担を感じている人には勧めたい。

ギャラリー冬青欧州作家展示&トークショー

ギャラリー冬青は201810月がフランス人写真家Patrick Taberna“夏の名残り-Larriere saison”、11月がスイス人写真家Jon Erwin Staeheli氏のSANDSALT”が展示されていた。2人とも冬青で複数回展示されている常連の作家であり、彼らの展示は何度か拝見させてもらっている。

そして、今回は自分なりの視点、意図を持って各々のトークショーに参加することができた。トークショーはPatrickさんは大木啓示氏、ErwinさんはPhotographer HAAL氏が対談した点も興味深かった。大木さんもHAALさんも冬青で展示している写真家で2月の香港PhotoBook fair10月の台湾フォトで一緒に過ごし写真やアートについて話をし、彼らの作品はもとよりアートに対する考えや表現なども聞いていたので欧州の写真家との話は聞き逃せないと思っていた。

トークショーの詳しい内容は同じく冬青で活躍している写真家北桂樹氏がアートの文脈・視点でまとめられているので私も読ませてもらっている。

戦略会議 #02 作家づくり/展示めぐり・作家研究 パトリック・タベルナ 夏の名残

戦略会議 #02 作家づくり/ ヨン・アーウィン・シュタヘリ 《SAND & SALT》ートークセッション感想。

私自身が感じた欧州で活躍している写真作家の考え方、作品作りの姿勢などは今後の自分の作家活動に少なからず影響を受けることになるだろうと思い記しる必要がある。

20181026
Patrick Taberna氏トークショー
対談:大木啓示氏

Patrickさんにとって、作品は見せることではなく提案することであり、見る人にタネを撒き観た人が育ててくれる写真でありたいと考えいてる。そして作品化は言語化して文脈で組み立てることであるとのこと。

彼は家族を撮って作品にしているが所謂「家族写真」に見えない、説明されずに観るとロードムービー的な作品に思えるかもしれない。もちろん個々の写真の完成度は高く風景やスナップを交えた作品としても充分成立しているが、被写体として家族を撮っていると聞くと興味と疑問が湧いてくる。そして気付くとPatrickさんの世界に引き込まれている。

本人の言葉を借りると「家族を家族の関係で撮影すると他者が入り込む余地が無くなり、見せることで終わってしまうので観た人がストーリーを描け入り込む余地を残し提案する作品にしている」とのコメントだった(私なり理解なので主観が多少入っている)。

具体的な作品作りに関して2つの話題があった。
*作品のセレクト・構成方法
*フィルムにこだわる3つの理由

*作品のセレクト・構成方法

1)撮影現像プリント

2)箱入れしばらく忘れる

3)セレクト

ここで第三者の目(家族やキュレーター)を取りれて作品化する。

家族が写っている写真は最初に本人に見せる約束になっておりOKならセレクト候補箱へ入れ、NGになってしまった場合、写真としては良いと思うので時が経ちNGからOKになることを期待している保留に入れる。

ここで1)と3)のプロセスは誰もが作品化のときに行うがPatrickさんのポイントの1つに、2)の「しばらく忘れる」点にあると思う。彼のコメントで「多くの写真家が同様にしていると考えているが」の前置きが有ったが、「箱に入れてしまう」ような明確行為を伴うことが重要だと感じた。私自身も撮影、現像、ベタ作成からワークプリント(セレクト用)までは一気にするが、セレクトになると少し時間(私の場合23ヶ月程度)を置いた方が好ましいとは考えており、これは撮影時の高揚感(時には残念感)の様な気持ちが冷めて平常に戻るまでに必要な時間だと思っている。

なのでPatrickさんの話を聞き深く同意し納得した点で有った。

もう1つのポイントがセレクトの過程で第三者の目を取り入れ作品化することになるが、この点は様々な考え意見があるだろう。自分は基本的なセレクトや順番を決める時は基本的に自身で考えるようにしている。もちろんギャラリー冬青で展示する時は高橋社長に相談し意見を取り入れセレクトし並べる順番も決めている。どの程度まで取り入れているのか詳しい話は聞かなかったが意見を取り入れているのであって委ねていることではないのだろう。

トークショーの後に質問で「作品作りにデジタルカメラを使うことは無いのか?」とあったがPatrickさんのスタイルだとフィルムになるだろうと思ったが、彼の答えもその通りだった。そして。フィルムにこだわる理由についての答え。

*フィルムにこだわる3つの理由
・エンジニアでデジタルの仕事をしているのでアナログのフィムルを使うことでバランスを取っている
・写真を見て忘れるプロセスが大切でデジタルだとすぐ見て気に入らないと取り直し1日中繰り返すことになり家族との楽しい旅が台無しになる
・光で表現できるプロセスが大切。撮影、焼き付けで光をダイレクトに感じることができる

私も何度かフィルムにこだわる理由を聞かれたことがあるが、ここまではっきりと挙げて説明はできていなかったと思う。今月のErwinさんもそうだが言葉でしっかり話をしていて改めて言葉の大切さを感じた。

最後にPatrickさんがテキストにも書いており、トークでも何度か出て来た「中年の危機」は、私も彼と似たような年齢なので克服した経緯などは聞き逃すわけにはいかない。彼にとってやがて訪れる好ましくない状況に悩むようになりそれが作品作りにも大きく影響し、カラーの撮影から若い頃に撮っていたモノクロに戻ったそうだ。その撮影、作品作りの過程である朝起きた時に奥さんに「中年の危機は終わったよ」と宣言し、撮影もカラーに戻り今回の展示につながっている。経緯を聞き改めて作品を観ると危機を乗り越えて来た安心感というか強さを想像した。

 

2018119
Jon Erwin Staeheli氏トークショー
対談:Photographer HAAL

Erwinさんにとって、作品は観た人たちの想像を良い意味で裏切り驚かせたいと考えていると話していた。今回展示されている作品は何が写っているのか何処なのか何時撮られたのか分からない、中に3点だけ鳥の死骸?が写っている。タイトルは“SAND&SALT”直訳すると「砂と塩」となる。詳しい作品の説明はここではしないが、ある意味Patrickさんとは対極とまではいかないが違う方向に存在しているのがわかる。

トークショーの最初にErwinさんの経歴が紹介された。15年間土木エンジニアとしてトンネル、橋、下水管など作ってきた。今でも年に数カ月はオーストラリアに行き穴を掘りルビーなどを掘っている。

SAND&SALTと写真集になっている前回展示の「迷宮 Wandering」ともに人の姿は写っていない。その点にういてHAALさんから質問が有り、その答えを要約すると「アメリカのキューレーターに人を入れない方が良いと言われ、それからそうしている。でも私は人が好きなので、観た人が人のいない写真から人を自由に想像できるのが良いと考えている」とのことだった。

また、今回の展示では「鳥」、前回の迷宮は「子羊」と動物がともに横たわっているが動物について質問もあった。するとErwinさんの答えは「シリーズを撮影しているとなぜか動物が私の前に現れる」とのこと。

さらに、シリーズを作り始めるきっかけや動機について話が及ぶと「プリントを見ているときに、自分の背後、肩越しからあれこれ指摘して、最初は否定するが段々とそう思えてくることがある。それがシリーズにつながる」と、ここまで聞くととても霊的(スピリチャル)だったり概念的な作品つくりを想像してしまうが、展示されている彼の美しい作品を観るとそれが本質にあるとは思えない。

やがてもう一つのキーワード「異世界」が出てきた。そこには「現実の景色にも異世界を感じて撮影することができる(迷宮の表紙の霧の向こうに異世界を感じる)。誰もいない、孤独になる、ここは何処なのかも恐怖を感じた時に異世界を感じる」とあり、さらに「未知なものに恐怖を感じるのが生き物の本能でありそこに興味を感じ作品作りにつながる。ハッピーな時は写真は要らない」との話があった。

彼の作品から共通して感じていた「静寂」は「異世界」に繋がっているのだろうそれを表現する中で、彼が歩んできた人生の「土木」が深く関わっていると思える。

最後に写真を表現方法として選択した理由に話がおよぶと「暗室作業に惹かれた、体をを使うこと、三脚を担いだりツールを作ったりが好きだ。PCを使う作業は2間が限度、暗室は8間でも大丈夫」との答えだった。

トークショーの数日前、私はErwinさんと竹橋にある国立近代美術館へ行った。日本の美術館を観たいとの希望で私が案内役になった。その時に暗室Workについて話ができた。彼のプリントはアンセルアダムスが提唱したゾーンシステムがベースになっている。また、暗室に入るときは出来る限り外部と遮断し、音も無い状況で集中出来る環境を優先しているそうで、プリントの手法は感覚的より8割くらいは薬品管理、温度管理など理詰めで追い込み、残りの2割はその場の感覚を大切にして仕上げる。これは私の暗室スタイルと共通する部分が多く更に、薬品やフィルム、印画紙などの話を地下鉄車内まで続いた。

二人の欧州作家の話を聞き「言語化」、「表現方法」、「プロセス」など自分の作品つくりと関連して考える良い機会になり、私のプリントコレクションが増えることも嬉しい。プリントを見ると記憶・記録だけでなくダイレクトに刺激をもらうことができる。

最近の高橋社長のブログにPatrickさんとErwinさんの対談や冬青社より写真集についての話もでているようで楽しみだ。

写真はErwinさんが近美の隣でPentaxLXを取り出し数枚撮影していた。このカメラは40年間故障知らずで大切なカメラだと話していた。

映画「僕の帰る場所 ”Passage of Life”」

先日、ポレポレ東中野で上映中の「僕の帰る場所 ”Passage of Life”」を観て来た。以前、試写会で観る機会があり2度目の鑑賞になった。10月6日の公開以降、ミャンマー関係の人たちを中心に賛辞の書き込みが毎日のようにSNSに上がっている。

日本は先進国と呼ばれているが難民認定が厳しく、事情があり祖国を脱した人たちに対して冷たい国と言われている。そのような事情もこの映画を語る上で重要な要素ではあるが、「ミャンマー」や「難民問題」など社会性を抜きにして人間物語として誰にでも薦めたい映画だと思っている。出来れば映画を観て感じたことを考えて家族や友人に話をしてほしい。頭で感じたことや思っていることを言葉や文字にすることは大切だし、そうすることでより深く物事を考えるキッカケになる、この映画はそう言う作品だと思う。

私は2005年からミャンマーを訪れ写真を撮り、写真展を開催したり写真集を出版している。映画と写真の違いはあるがカメラを通して表現する点で共通する部分は多いと考えている。

試写会で観たとき、語弊があるかも知れないが「(彼らにとって)普通のことを淡々と描いている映画」と感じた。事前の説明で”日本に住むミャンマー人家族が祖国へ帰る話”と聞いており、自分の知る在日ミャンマーの人たちの背景や事情から頭にいくつかのストーリー展開を予想してみた。ミャンマーをテーマに写真作品を作っている身としてはこのような予測をするのはある種の訓練のようなものだ。しかし、映画が始まると「あまりにも私の想像が及ぶ設定で淡々と進む展開」に最初は正直拍子抜け気味だった。しかし話が進むにつれ、自分がその場に居るような感覚になり気付くとすっかり引き込まれていた。派手な演出は皆無でBGMすらほとんどなく見たままがそのまま伝わって来るリアリティ。自分が予想していたよりもはるかに「自然」だった。映画だから撮り手の意図、目的は存在しているのだがそれを忘れてしまうような作りになっている。特に、ヤンゴンのシーンは足しても引いてもいない素顔のヤンゴンに思えた。自分の足で歩き眼で見て身をもって感じたそのものに極めて近かった。もしこの映画の撮影現場に自分が居たとしたら、似たような場面を自分のカメラで撮影していたと思うくらいだった。自分の写真集は観た人がどう感じるかわからないが、私は撮り手である自分の気配を出来るだけ消した写真を撮りたいと考えている。写真を撮る行為がそもそも自己表現であり、極めて難しいことだと分かっているが、ひとつの理想型だと考えている。この映画から伝わってくる「リアリティ」からその理想に近いモノを感じ、それが私にとって臨場感や既視感に繋がっているのだろうと今は理解している。

自分がミャンマーで撮って来たのは「普通の人たちが普通に暮らすミャンマー」だ。軍事政権から民政移管が進み経済成長の続くミャンマーたが、最近はラカイン州の問題が大きく取り上げられ、国際社会の批判を受けている。その問題は問題として取り組み進めていかなくてはならないことだが今の時代、ネガティブなニュースほど強く広がっていく。出来るだけ沢山の人たちがミャンマーを訪れて欲しいと思っている一人として、「僕の帰る場所 ”Passage of Life”」はミャンマーと日本をつなぐ作品なのだと思う。

映画がポレポレ東中野で公開される少し前、友人を介して主演のカウンくん、テッくんそして母親のケインさんに会い写真を撮る機会に恵まれた。映画の撮影から4年経ち2人とも大きく成長していた。写真を撮った後に近くのファミレスに行き彼らの話を聞いたが、会話の内容は映画のことよりもうすぐ運動会とか、午後に友達が家に来て一緒にゲームするとか普通の会話がリアリティがあり私には興味深かった。

ポレポレ東中野の地下に降りる途中の壁にその時私が撮った写真と、私のカメラを使いカウンくんたちが撮った写真が飾られている。子供にとって4年はとても長い時間で映画は遠い過去のものになっているかもしれないと想像していた。

映画を観た後パンフレットとメイキングDVDを購入した。パンフレットは監督やプロデューサーのコメントや様々人たちの文章が掲載され読み応えがある。映画のパンフレットと言えば象徴的なシーンやキャストの簡単な紹介だがこのパンフレットは読むだけでも価値がある。メイキングDVDも撮影に入る前から始まる展開で、撮り手の意識に興味がある私にとって面白く最後まで一気に観た。そしてDVDのラストシーンを観たときカウンくんにとってこの映画は過ぎ去った過去で無く人生の一部になっていることがわかりとても嬉しい気持ちになった。

これを書いているとき、ポレポレの上映期間延長の記事をSNSで見た。「それは、当然そうなるだろう」と思った。また日本全国各地の映画館で上映も始まり、海外の映画祭などの受賞、ノミネートも続きより多くの人たちが観る映画になりつつあるのは嬉しいことで、藤元監督、渡邊プロデューサー始め制作に関わった方々に感謝の言葉を送りたい、そしてこれからの活躍が楽しみだ。

TAIWAN Photo 2018へ

10月4日から7日まで台湾で開催されたTAIWAN PHOTO FAIR 2018にギャラリー冬青の作家として参加してきた。

今までPhotoBook Fairは香港など何度か参加したがPhoto Fair参加は初めてだった。冬青ブースにはコレクションのマンレイ、アッジェとPhotographer HAAL氏のプリント、今回同行の伊藤計一氏、大木啓至氏、北桂樹氏そして私の作品を展示した。それと参加各自が写真集をテーブルに並べた。

私は過去に3回ギャラリー冬青で展示したプリントから6点展示し、PP袋に20点入れて持参した。展示プリントは高橋社長のアドバイスもあり数点入れ替えて並べ替えたりした。

しかし結果は木曜から日曜までの4日間で私のプリントが売れることは無かった。値段を聞かれたのが3回、展示以外のプリントを見せたのが2人。写真集は5冊売れたが参加にかかった費用を考えると経済的は大負けであった。他の参加ブースの販売実績は分からないがPhoto Fairでプリントを売ることに関しいろいろ考えさせられた。



場所は台北の繁華街にある新光三越の9階イベントフロア貸切で決して人の少ないロケーションでは無かったが安くない入場料がかかるため気軽に人が入る雰囲気ではなかった。

4日間で出展関係者、スタッフより客が多かった時間が金曜夜のレセプションのころだけだったと思えるほど人の入りが少ない。来る人の半分近くが若い学生だったような印象だ。各ブースを時間をかけて観て、作家に質問したり仲間で話したり真剣さは伝わってくる。

私の作品はギャラリー冬青のなかでは足を止める時間が長く、質問されることも多かった。なかでも「なぜモノクロなのか?」は私の気付いただけでも6人から質問された。

日本でも「なぜモノクロ?なぜ四角?」と聞かれることがあるので答えは用意していたが通訳の方に伝えるのが最初少し戸惑うかと思ったがしっかり伝えてくれたようだ。通訳さんは写真を専門に勉強している方ではないと聞いていたが事前に各メンバーのステートメントを中国語に訳したメモを書き詰めて今回に臨んでいたし、会場で客のいない時間も我々の展示作品を観たり写真集を観て質問しノートにメモするなど勉強熱心な姿勢は素晴らしかった。

今回、意外と感じたのが学生さんたちの多くが展示カタログ(出展作家の略歴と作品イメージが載った冊子)に気に入った?作家のサインを貰うことだった。中には作家と記念撮影する時もあった。私はなぜか人気があり、20数人くらいにサインし記念撮影も10人近くに応じた。私は人の写真を撮るが撮られるのは苦手なのもよくある話なのだろう。

今年で8回目のPhoto Fairなのだが、いくつか気になる点もあった。前述のカタログだが間違い多い。ギャラリー冬青の紹介では高橋社長の名前で「高」の字が無かった。また伊藤計一さんの作品イメージに私の写真になっていた。冬青関係だけでもこれだけミスがあったのだか全体ではもっとあったのだろう。

冬青が割り当てられたブースは裏へ出入り用のカーテンがあり、他のブースより壁が1mくらい短かく、予定していた展示プランを変えなくてはならなかった。ブースの壁も作りが弱くあちらこちらのブースで傾いていた。

そんななか、隣のブースがドイツミュンヘンから来ていたニッケ氏だったのはお互い幸いだった。ニッケ氏は昨年、2017年4月にギャラリー冬青で展示され、モノクロのパノラマフォーマットが印象的だった。今回も意欲的な新作もあり、来年4月の冬青の展示も今から楽しみだ。

それでも、時間はたくさんあり、高橋社長参加メンバーで話をする時間は沢山あり、そこから貰った知識やヒントは貴重なものになりそうだ。また会場に来ていた”Society of Photographic Museum and Culture”の秘書の方や”TAIPEI National University of the Arts”の校長先生と話が出来、写真集を寄贈できたのはここに来たからのことであった。

台北は10年くらい前に一度観光で訪れたがその時より空港へのアクセス、電子マネーそして地下鉄の案内サイトなどとても便利になっていた。食べ物も美味しいし治安も良く、日本から近い台湾は便利でまた来たいと思う。

        (一番賑わっていた金曜夜のレセプション)

バンコク経由で帰国は羽田へ [ 12/August/2018 ]

乗り物で寝るのが苦手で深夜便を避け帰国はバンコク経由羽田着の便にした。一応ヤンゴンの空港へは2時間前に着こうと朝食が始まる6:30にレストランに行ったら既に数組食事していた。日曜の早朝なのに仕事っぽい人たちだった。

少し早いが7:15ホテルをチエックアウトしタクシーで空港へ。

チケットに第2ターミナルと書いてあるも見つからない??ひとまず第1ターミナルに入り?歩くとタイ航空カウンターが有り無事にチェックイン。時間が早いせいか窓口は空いてた。

出国審査もガラガラで、最近来る度に店が増えているのか、入れ替わっているのか定かでは無いがDuty free買い物ゾーンへ。登場ゲートの場所だけ確認し、歩いていると「Kinokuniya書店」を発見。日本の本もあるし、あの紀伊国屋書店のヤンゴン空港店なのだろう。しかし店員さん1名のみで客は私以外誰も居ない。ミャンマーの写真集も数冊有り、既に持っている本が有ったが、初めて見るミャンマーのカメラマンが撮った写真集も数冊有ったが買いたい本は無かった。その後出発まで何度か前を通ったが客は常にゼロ、次来た時は無いかもしれない。

搭乗20分前くらいにになり、ゲート近くに進むと9:50のフライトが30分遅れるとアナウンス。1時間半の乗り継ぎが1時間になるが、荷物は羽田まで預けてあるので、最悪荷物が遅れても特に問題は無い。

バンコクの空港が着陸待ちで上空旋回2回(多分)でさらに遅れ乗り継ぎ時間が30分弱に、飛行機を降りてゲートに向かうとグラウンドスタッフが乗り継ぎ便のプラカードを持ち案内していた。乗り継ぎ便のゲートが遠かったら面倒だったが結局隣の隣くらいだったのでさほど慌てることなく無事に搭乗。機体はエアバスの新型機、A350-900、エコノミーだがシートの液晶が大きくて明るく解像度もあり見やすい。しかも垂直尾翼にカメラがあるのでこのようにリアルタイムで飛行機の周り込みで観れる。しかもそこそこ高感度で夜着の羽田の様子も写っている。

定刻通りくらいに着き荷物も無事に早めに出て来た。外に出ると湿気がのしかかって来るような感覚。とても東南アジアから帰国したとは思えない東京の蒸し暑さに汗が吹き出る。丁度良い時間のバスがあり乗り込むと1時間くらいで到着した。車中から横浜の夜景を眺めて居たが帰国した実感がいつもより増して少なかった気がする。