August/2019 ⭐︎その2 ;いつものインレー湖で会う人たち

8/3(土)
快適で慣れたホテルの部屋で目が醒めるのは安心感がある。クーラーも要らず薄い布団をかぶって寝られる快適さも嬉しい。
朝食をすませくつろいでいるとMarLeyさんが到着した。昨年に続き今年も通訳をお願いしている。天気はまずまずそうだったのでインディエン遺跡へ向かう。ここは13世紀ごろにタイから来た人たちの影響を受けて南ビルマとすこし形式の異なる仏塔が建てられと聞いている。今まで何度も来ていたが知らなかったことを説明してもらい改めて時代と時間の流れを感じることができた。しかし古い仏塔は来る度に真新しい姿に変わりつつある。

MarLayさんの話では。ガイドさんたちは綺麗に作り直すのでは無く、古い様式を維持して保存することを意見書の様な形で勧めているが、地元の仏教徒の人たちにとって「古くなった仏塔を新しくする=功徳を積む」の図式があり、思うように進まないそうだ。

乾季はボートを降りるだけでも一苦労だが、今は雨季で人も少なめでひっそりとしている。ここの山頂にお参りして仏塔群で鈴の音を聞くのが楽しみだったが今日は風が弱く少し残念だ。

ホテルへ戻る途中、いつものカヤン族(首長族)さんたちが機織りしているShwe Inn Lay(元Inn Shwe Pyi)に寄ろうとしたが扉が閉まっていた、今回もスカーフとバックを買おうと考えていたので近くの別の店に入る。髪を染めた今風のカヤンの娘が織っていた市松模様に似た柄が素敵だったのでいつ編み終わるか聞くと午後2時ごろとのことなので夕方またくるからと取っておいてもらう事にした。

今日のランチは多分友人のアイデアと思うが、Shwe Inn Thar Hotelでと言われていた。一年ぶりに馴染みのスタッフと1歳になった子供に再会。ランチは伝統的なインダー料理で美味しい。煮魚とトマトサラダ、野菜炒め、豚肉料理そしてデザートはマンゴーとスイカ、パイナップル。

ランチ後は長い付き合いのレチェの仏像ファミリーのところへ。
前もって連絡し、以前私が撮った彼女を含む3人の写真に写っている2人を呼んでおいてくれた(内1人は彼女の妹なので一緒に暮らしている)。

が、よくよく聞くと私のお願いを聞くために仕事を早退したり、妹さんは学校後の塾を今日や休んだりして集まってくれていた。
なんか申し訳ないと思ったが、私は大切な客人とのことで気にしないでとの話で安心した。

ここでもマンゴーをご馳走になり、さらにお土産にマンゴーを沢山もらったので残りの行程で食べたり、お土産にすることにした。

彼女の家にいる間に2回ほどのスコールをやり過ごし、4時半ごろに出てカヤン族のお店へ戻る。キープしておいてもらったスカーフを含め、4点購入、そしてカヤンの人たちを紹介したDVDも購入した。

ホテルに戻るとMarLayさんが用事があって今夜はニャウンシェに泊まるとのことで、職人さんたちのボートに混じって戻っていった。

レチェのファミリーとの付き合いは長い、私を呼び込んでくれた彼女ももう20歳になった。私のことを日本のおじさんと呼んでいる。彼女は2年前、大切な試験を体調崩し受け損ねてしまい、その後家族から勉強して受けるように勧められたが、勉強はあまり好きではないとそのまま、結局今はファウンダウンパゴダ下の生地布・衣類屋で働いている。

8/4(日)
最近、SNSなどでインレー湖の環境問題を目にするようになったが、今年は雨季の割に水位が低い。ここ数年この時期に来ているが少なめに見ても50cmくらいは低いように思える。インレー湖でも環境意識の高いホテル、工房など出来始めているようだったが、アンさんのホテルも部屋の水がペットボトルからガラス瓶に変わっていたし、クボタの浄化槽システムのことが部屋に書かれていた。

朝から降り続ける雨の中、ファウンダウンパゴタへ向かう、中に入って少し経ったら数メートル先が見えないくらいの土砂降りになった。

本堂でお参りすると中央の5体の仏像が大きなケースで覆われていた。なんでも今年のダジャンの時に軍の偉い人がきて、カバーをするようにしたそうで、金箔を貼ることもできなくなってしまい、地元を始め国中から来る参拝客が文句を言っているそうだ。

本堂下のお店に向かうと仏像屋の彼女のお店に着いても彼女がいなく聞くと近くの別店舗にいるので呼んでくれた。カウンダインのお婆ちゃんへお土産のロンジー生地を購入。彼女の見立てが成功するのは夕方にわかった。

雨がかなり降っていたので、ボートより濡れずに済むだろうと昨日行けなかったレチェの僧院へ歩いて向かう。傘をさして15分くらいで着いた。
本堂に入るとお坊さんが色々話してくれた。ここは先日、岩合光昭氏の番組「世界のネコ歩き」出てきた僧院。
ここで、一本の木から彫り出した仏像とそれにまつわる話を聞き、レチェ村に仏像、台座、飾り金属などの職人が多い独特の村の生い立ちがわかった。本堂の隣に彼女の家で寄贈した仏像や台座、飾りなどが置いてあり、ちょうど子供の僧侶がご飯のお供えにきて、写真を撮った。彼女との一緒に記念撮影。

11時少し前、鐘が鳴りお坊さんたちの食事、この後翌朝まで飲み物、飴など以外は食べない彼ら。沢山の量を食べていた。食事は近所の村々が5箇所が交代でお世話しているそうだ。ここには2人のお坊さんと7人の子供たちがいる、子供達は全員パオ族。インダー族の事どもあまりここには居ないとの事だった。
僅かばかりの寄進をするとお坊さんが私の旅の成功、健康、家族の健康を祈ってくれた。

雨も小降りになり、ニャウンシェへ。鈴木さんが最近始めたカフェへ立ち寄る。バナナケーキとドリップコーヒー。鈴木さんの奥さんが最近ここに来てミャンマー語を勉強しながらお店で働いていた。

ここ数年寄っている尼僧院へ行く途中、MarLayさんがボールペン、歯磨き粉、石鹸など寄進するために買い物をしていた。

いつものパラウン族が多い尼僧院へ行くとほとんど誰もおらず、聞くとガイドのMarLayさんが最近入っていた尼僧院ところへ勉強に行っているとのことで我々も向かう。

ここで、少し遅い昼食をご馳走になる、もやしサラダ、豚肉料理、ラペットウ、魚料理などどれも素朴で美味しい。

そして、ニャンウンシュエを後にカウンダインへ向かう。

ボートのスクリューの調子がイマイチとカンカンしばらく叩いていたがほどなく出発、この頃になると雨はすっかり上がり薄日も差してきた。
カウンダイへ着くと少し歩いておばあちゃんの家に、奥の家に近所の友達といて。
去年来た時に聞いていた50歳くらいの息子は4ヶ月前に亡くなっていた。酒の飲み過ぎで肝臓を患い結局母親より先に逝ってしまった。

彼女は元気で足が少し痛い以外、目も耳も頭も元気と自分で話していた。
近所に住む娘たちに自分が作った甘いお菓子やもち米ご飯(赤飯のような)を売ってもらいお金を稼いでいるそうだ。元気で頭もよく働いていて来年90歳になるも、また会いにこれるだろう。

ファウンダウンパゴダのお店で彼女の見立てで買ったロンジーの生地をプレゼントすると好きな色と柄だととても喜んでくれた。彼女の見立てが良かった事に感謝。

夕方、ホテルに戻り、裏手のミニンゴン村へ写真集Myanmarの表紙の子に会いに向かった。日本で買ったお土産を渡して家族と話をした。去年建て始めていた家は外が出来上がり、内装を作っているようで、もう新しい家に住んでいた。
子供達は少し緊張している感じもしたが、渡したお土産を取り出して10色ボールペンセットや可愛いようなシール、消しゴムに喜んでいた。私の写真集は近所の人たちも観に来るようで、これも私とこのファミリーの縁だと思っている。

話の中で、去年ここの家を探すのに手伝ってくれた、名物姉妹?の妹さんが乳がんで最近急逝したと聞いた。アンさんと村の人たちが病院など色々面倒を見ていたそうだ。ナンパンの病院で息を引き取った。

一人残された姉とホテルに帰る途中、会ったがMarLayさんはだいぶ前から知り合いだったようでショックを隠せない様子だった。

ミャンマーに来るようになって13年になるが、このような突然の別れの話は何回かある。

ホテルに戻り夕食でMarLayさんと色々話をした中で、仏像屋の彼女が将来やりたい仕事がわからないとな話いたそうで、心配していた。今日の別れ側に電話番号など伝えて、何かあれば相談に乗るようなことを話していたのだろうくらいは私も予想していたが、MarLayさんはもっと具体的に彼女のアドバイスなどしてくれていたようだった。

やりたいことがあれば、色々は伝手や縁を使って紹介などできるかもしれないとのこと。そこまで話をしてくれていたのは私も感謝だった。

明日は朝からカロー経由でメティラだ。今回、この先の予定がありインレー湖の滞在が短くなってしまったが会いたい人たちには会えたし話もできたので充実した滞在になった。

ミャンマーに来るようになり今回ほど異動が多いのは初めて。それが明日から始まる。

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