写真展開催中

12月1日(金)より始まりました写真展「Myanmar 2005-2017」は2週間が過ぎ今週来週の後半となります。お越し頂いた皆さま、写真集を購入頂いた皆さまそして、プリントを購入してくださった皆さまありがとうございます。

展示期間は23日土曜が祝日のため12/22(金)までです。土曜は今度の12/16が最後になります。

今週は13日水曜の19時より「作家の頭の中見せます〜本棚が語る作家の素顔〜亀山仁編」があります。参加費や無料ですのでご興味の有る方は是非ご参加下さい、12/10の時点でまだ定員には達しておりませんので皆さまのお越しをお持ちしております。申し込みはギャラリー冬青に直接お願いします。

【ご予約】03-3380-7123、gallery@tosei-sha.jp

先月より始まったギャラリーのイベントです。私は先月の作家大木さんのときに参加しました。大木さんの作品は以前から興味があり、どのような本棚なのかとても楽しみにしていました。持ってきて頂いた本は正直ほとんど初めて見る写真集ばかりで、購入に至った経緯などともて新鮮な体験ができました。

私も自分の本棚から本を選んでいますが、写真集だけでは無く小説やエッセイなどもあります。今までの作品作りに影響した本や、考え方を示してくれた本や問いかけをしてくれた本を選んでいます。

当日は14時ごろから在廊しておりますので、お気軽にお越し下さい。

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以下は今回展示している写真についてFacebookに投稿したテキストです。

24774983_10214783813419822_3067363344248769528_n写真集の表紙になっている写真です。インレー湖滞在中に何度も歩く小道の一コマです。道路拡張か電柱敷設の工事と思われる状況でした。この辺りだと重機を使った工事現場はまだ珍しいのでしょう、何人かが取り囲みただ眺めていました。その中の少年が私に気付いたのか、こちらを見ていました。私がカメラを構えても微動だにせず1分くらいこの姿勢、視線で佇んていたました。その姿が何となく自分の子供の頃の記憶が重なるような感覚がしてシャッターを押しました。風貌が自分に似ているような気がしたのと、意味もなく動く乗り物を眺めているのが好きだったあたりに共感したのかもしれません。

ここはホテルの裏手に続く小川沿いの小道でいくつかの村が点在してます。小道の両側に竹林が続くとても好きな場所です。ただ、三年くらい前から片側の竹林が伐採され電柱と電線が作られ始めました。
個人的には寂しさはありますが村の人たちは停電が多いながらも電気が来たのは嬉しいようで、これもこの国の大きな流れの中だと思い表紙になりました。今度行ったらこの少年を探しに行こうと思います。そして本をプレゼントしたいです。


20171204-003ここ数年、2冊目の写真集を作ろうと考えるようになってから変貌するミャンマーで「変わりゆくもの、変わらないだろうもの、変わって欲しくないもの」を意識して撮影するようになりました。それは半分私の予測、願望なのでその通りになるのか分かりません。
ここに写っている女性は両手と頭に沢山のテーブル?を担いでいます。上手いこと積みバランス良く歩くと感心しながら撮りました。この日は2人、次の日は5人で運んでいました。場所はヤンゴン中央駅のホームから直接上れる陸橋です。恐らく列車で運び込みここから何処かに運ぶのでしょう。後日ヤンゴンの友人に聞いたら、市場や露天で使うレンタルではないだろうか?との話でした。
この写真のような光景は車による物流が増えれば直ぐに無くなってしまうだろうと思います。次にヤンゴンへ行くときはもう観られないかもしれません。それともまだまだ何年も残るのかも知れません。
個人的な思いとしては「経済発展でモノは増え人々のライフスタイルは変わっても人々の気質は変わらないだろう」が有りますが、そんな簡単な話では無いことは自分自身や身の回りを見ればわかります。
私が写真集の裏表紙に選んだのは自分の予測に対する問いかけなのかもしれません。


20171206-001私が何度もミャンマーへ行きインレー湖を訪れるのか、その理由のひとつが彼らと思っています。私の写真集で一番多く登場する一家です。どのような経緯で彼らの住むレチェ村に行ったのか憶えてませんが写真の左から3人目の彼女が私を呼んでくれました。歩いていた私の前に現れカメラを構えると突然走り出し2人の小さい男の子を連れてきました。撮ったときは弟だろうと思っていましたが近所の子でした。彼女に引っ張られるようにこの家に着きました。すると右から2人目の男性が仏像を彫っている工房に案内され、これを私に見せたかったのかと分かりました。そしてこの部屋に招かれお茶とお菓子をご馳走になり写真を撮って「次に来たときに写真を渡します」と言って帰りました。その繰り返しが10年続いています。「家族」と思い会っていた彼らはそうで無いと知ったのは4年前でした。仏像職人の主人が軽い脳梗塞で倒れ床に伏していた時お互いの身の上話になり知りました。夫婦と思い込んでいた2人は親戚同士で写真右端の女性はどちらかの親族、左の女の子たちは姉妹で両親が事故かなにかで亡くなり、遠い親戚であるここに引き取られ暮らしています(男の子は近所の子)。他にこの時買い物に出ていましたが50歳位の女性が居ますが彼女も親戚筋にあたります。彼女には弟が居ましまが3年くらい前に肝硬変で亡くなりました。私の印象はあまり話さない寡黙でシャイな男性でしたが、相当な酒好きだったと話してました。右の女性も昨年癌を患い手術を受け今も治療中です。
他にも色々な話題のある一家ですが、こうしてみると日本の親戚よりも多く彼らに会っていることになります。自分の親戚はこの歳になると冠婚葬祭でも無いと会わないですし。
今年の8月に訪れた時「そろそろ来る頃だと思ってた」と言われました。
次に行くときは新しい写真集を渡すことになります。私を呼んでくれた彼女も高校を出てどうするのかも興味あります。治療中の彼女も心配です。段々と親戚のおじさんのようになっているのかもしれません。


20171207-001雲行きが怪しくなり湖上のレストランで一休みしていると激しいスコール。私が好んで雨季に訪れるのは刻々と変わる空模様が美しいからです。ここ数年、ミャンマーへ行くのは雨季が多い。理由はいくつかあるが一番は、雨安居にあたるこの時期、仏教徒が9割のミャンマーでは人々は慶事を行わず、静かに暮らしミャンマーが一番ミャンマーらしく感じることができるからです。それに観光客も少なく飛行機やホテルも取りやすいことも撮影するうえで助かります。特にインレー湖はヤンゴンと比べると雨が降り続くというより1日に数回スコールが来ることが多く刻一刻と空模様が変わり被写体としても魅力があります。雲行きと空気に含まれる湿気、匂いでもう少ししたら雨がくるのは私でも分かるので、長時間のボート移動でもなければ雨宿りでしのぎながら空の表情を楽しめます。
この時のスコールが30分くらい続き、その時は目の前の建物以外真っ白で何も見えませんでした。雨雲の接近とと共に湿気を帯びた風を感じます。そして降り始めると一気にトップスピードに達するような勢いで雨足が強くなります。雨足が弱まり始めると空気中の湿度が下がるような感覚と共に気温も下がりひんやりとした空気に包まれるような気がします。この写真を撮ったのは雨が弱くなり空が明るくなり始めたころでした。この後15分くらいで青空も出てきて遠く山にはうっすら虹もかかっていたと記憶してます。このような空のドラマが日常にある暮らしは私にはとても贅沢に思えます。
しかし、今年はインレー湖で始めて1日中ザザ降りに会いました。ヤンゴンからヘーホーに国内線の機内から見えたインレー湖に厚い雲がもくもくとかかっていたのが見えました。空港からニャウンシュエの街までも土砂降り、ボート乗り場でいつものガイドさんと合流しても雨脚が弱くなりそうな気配は無く雨合羽二枚重ねとブルーシートでボートでホテルに向かいましたがホテルに着く頃にはずぶ濡れになり、シャワーを浴びて1日ホテルでのんびり過ごしました。まぁ長く来ていればそのような日もあるのかもしれません。

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