インレー湖へ [ 04/August/2018 ]

いつものように目覚ましより早く起床。外はまだ薄暗くカーテンを開けるとシュエダゴンパゴダがライトアップされてて美しい。少々ふるいホテルで従業員も元気が無く全体的にどんよりとした雰囲気だが、この景色だけでも泊まる価値はある。

8/8にインレー湖から戻りこのホテルに泊まるので写真集などインレー湖で使わないものを預けてタクシーで空港へ向かった。早朝は空いてて30分で到着。渋滞が無いと本当に快適だ。

機内で軽食は出るがお腹が空いていたので空港でサンドイッチとカフェラテを食べた。値段も味も空港らしいそんな感じだった。

ヤンゴン空港を離陸して約60分でヘーホー空港に着く。着陸前、機長のアナウンスで気温摂氏22度と涼しい。空港からインレー湖の玄関口ニャウンシュエまで40分くらい、そこからボートで約30分で定宿Ann Heritage Lodgeに到着。

いつものガイドさんが都合が合わず今回は別の方をAnnさんにお願いしていて明日朝来ると連絡があった。昨日から走り続けている自覚もあり、今日の午後はんびり過ごすことにした。去年来た時は写真集に載せる写真を撮る目的が強かった為、撮影以外で思い出せるコトが少ない気がする。今回はそこまで追い詰められて無いので撮影以外、色々な人と話を楽しみ次の作品作りのきっかけになれば幸いくらいに考えている。

ホテルで何かの研修?ワークショップ?をやっていて20、30人くらいの団体が滞在している。後日Annさんから聞いたのだが、彼らの希望でいつものダイニングルームが研修室、研修で使っていたここがレストランに入れ替わっている。厨房は動かせないのでスタッフの人たちは電話で厨房に注文を伝えたりしている。
パイナップルジュース、カボチャのスープそして焼き飯を頼んだ。10分くらいで料理が出てきた。

安定安心のランチを食べて部屋に戻りウトウトして時計を観ると16時過ぎ、薄日も差して来たのでホテル裏手ミニンゴン村の小道へ。

以前より電柱が立派になり、パラボラアンテナが増えたように思える。家も丈夫そうな建物が増えている。そもそも小道も少しづつ幅が広がりそのうち車でも来れるようになるのかもしれない。(後でホテルの友人に聞いたら乾季であれば乗用車くらいだとここまで車で来れるそうだ、でも私だったらやはりボートで来たい。それがインレー湖にやって来た実感なのだから)

インレー湖にはファウンダウンパゴダという大きく有名なパゴダがあり、そこも毎回お詣りにいくが、ミニンゴンの小さな僧院も好きな場所の1つだ。本堂内に入ると若い女性たちが大きめの座卓を囲んで何か勉強でもしているのだろうか、楽しそうに飲み食いしながら座っていた。15分くらい経った頃、彼女たちが片付け始め、居なくなると静かな時間になった。そのまま30分くらい座って仏像を眺めて過ごした。

今回は写真集「Myannmar2005-2017」が出来てからはじめてのインレー湖、お礼も兼ねて写ってくれた何人かに本をプレゼントするつもりで多めに持って来ている。
表紙になった男の子を探さねば、撮ったのが3年前だからもう大きくなっていることだろう。

そんなことを考えていたら陽も傾いてきたので僧院を出ると牛が狭い水路で行水していた。その姿を見ていたらなぜか肩のコリがほぐれるような不思議な感覚になった。このあたりが牛が多く、道を歩いていても村を訪れても多く見かける。そして牛たちが私がよそ者と言うことが分かるようで不思議そうな目でこちらをじっと見る。しばし見た後害は無い奴と私を認識したのか気にせず行水に浸って居た。もっと気楽で自由に生きても良いのではないかと言われているように感じた。

夕食まで時間もあるので記録メモを書いていたらにわか雨が降り始めた。間も無く止むと思うが、そうするともう一段涼しくなっているだろう。夜晴れて月が小さい時期だと肉眼でも天の川がよく見える。今回の滞在中一度くらいは見たい。
昨日のヤンゴンの喧騒が夢だったかのように静かなインレー湖の初日。

ミャンマーへ [ 03/August/2018 ]

平日出発の為、通勤電車を避けるようにメトロロマンスカーで大手町まで行き東京駅地下ホームまで移動し成田エクスプレスで成田空港へ向った。今回、往路はANAでヤンゴン直行で帰路はバンコク経由のタイ航空を取ってある。深夜便が寝れずに苦手なので往復昼移動にした。予定通り9:30ごろ空港へ到着、送ってあった荷物(写真集)を受取りカウンターでピックアップ。

飛行機は定刻通り出発し、iPadで借りていた映画を2本観たり食事をしていると飛行機が少しづつ高度を下げ始めた。窓から外を見ると水没しているように見える町が広がっている。ヤンゴンから少し北の辺りで先日、Facebookなどで見ていた洪水被害を思い出した。

機長のアナウンスで気温29度と日本より相当涼しいヤンゴン。最近空港からダウンタウンのスーレーパゴダまでシャトルバス(日本円で50円弱)が始まっていたがバスがホテル近くに停まらないのと今回は荷物が多いのとで断念しタクシーでホテルに向った。金曜の夕方で相当の渋滞を覚悟していたが約1時間でホテルに着いた。

いつもだとヤンゴンに着いた日はホテルの近所で夕飯を食べてホテルでのんびり過ごすのだが今回はインセインにあるカレン料理屋で食事会がありチェックイン早々にホテルを出て店に向かった。地図で見ると空港とインセインは直接タクシーで向かえば30分はかからない距離、空港から店に直接行こうかとも考えたがスーツケースと18kg程度の荷物そしてカメラなど撮影機材の入ったリュックを持ち歩きたくないので時間はかかるが一度ホテルに荷物を置きたかった。それでも渋滞があったものの約一時間で店に着き、渋滞にハマり私より遅れる人たちも居た。

そもそもカレン料理になったのは昨年、ミャンマーの国技ラウェイで初の日本人チャンピオンになった金子さんをJMCC(私がミャンマー語を勉強しているところ)ヤンゴン同窓会に紹介する食事会の話しがあり、ラウェイの本場がカレン州なのでがインセインにあるカレン料理で開催されることになった、ミャンマーは130を超える少数民族から成る多民族国家だ.私が長年通っているインレー湖もシャン州にあり、この辺り一帯に暮らす人たちはやや広い括りでシャン民族になる。シャン料理はヤンゴンでも人気で有名なレストランがたくさんある。他にも少数民族の料理は多数あるが、カレン料理はあまり聞いたことが無い。長年ヤンゴンに暮らす日本の方々も馴染みが無いという。それでも探して見つけてくれたのがインセインにある「Non Tae Ya」だった。

ミャンマーの国技である格闘技のラウェイ(လက်ဝှေ့、Lethwei)は、地球上で最も危険な格闘技と言われ、拳にはグローブを着用せずバンテージのみを巻き、頭突き攻撃も認められている。昨年12月、ミャンマーで4つしかないラウェイ王者のタイトルを、金子大輝選手が日本人として初めて獲得のチャンピオンになった。金子さんはミャンマーの英雄だけあって、町を歩いているとミャンマー人から記念撮影を求められているそうだ。

カレン料理は初めて食べた全体的に辛めの料理や酸味の強い料理が多かった。美味しかったものと辛すぎて味かわからないのがあった。

21時過ぎに近くのラペザイン(喫茶店のような店)に移動し22時過ぎまで話をして小雨が降り出したところでお開きとなった。

私は今回も小野田さんの車にお世話になり23:20ごろホテルに戻った。明日は朝8時の国内線でインレー湖に向かう。
シャワーを浴びてヤンゴンにおいていく荷物(ヤンゴンに戻る8日までホテルに預ける)を整理して時計を見ると0:00を回り、日本時間で2:30だ。いつになく濃く長く充実した1日で始まった今回のミャンマー、部屋の窓からライトアップされたシュエダゴンパゴダに手を合わせ、目覚ましを5:30にセットして就寝した。

今回のANAのヤンゴン便で初めてデザートにハーゲンダッツのアイスクリームが出てきた。小さめだが濃厚で美味しかった。今まで何度もANA便に乗っているがこれが出てきたのは初めてだと思う。

そしてヤンゴンで飛行機を降りる前、近くにいたCAさんに「今夜、この便のミャンマー語のアナウンスの声の人とヤンゴンで会います」と話したらびっくりしていた。私がミャンマー語を勉強しているJMCCの所長、マヘーマー先生の声の録音が成田〜ヤンゴン便のミャンマー語機内アナウンスで流れている。JMCCでミャンマー語を学ぶ者にとって、気が引き締まる瞬間でもある。

monochrome XVII [Documentary]

来週から始まる写真展に参加します。

今回で17回目の企画でテーマは「Documentary」、私はミャンマーのインレー湖でいつも訪れる場所で撮った一枚出品してます。
それが展示フライヤーに掲載されています。フライヤー掲載は久し振りなので光栄なことだと思っています。

monochrome展は西麻布にあるギャラリーe&mで夏と冬に毎回テーマが出て出展作家が各々出展します。私は2010年の冬の展示から参加させてもらっています。毎回多くの作品に囲まれ、この展示に参加して得てきたことは人との出会いや繋がり含めて多いです。

以下、展示案内です。

monochrome XVII “Documentary”
主催:モノクローム展実行委員会
会場:ギャラリーE&M西麻布
会期:2018年7月31日(火)〜9月1日(土)
時間:12:00〜18:00(日・月曜日休館)入場無料
(8月12日(日)〜20日(月)夏期休館)
住所:東京都港区西麻布4-17-10
電話:03-3407-5075
協賛:オリンパス(株)、キャノンマーケティングジャパン(株)、AAAコーポレーション、(株)ニコンイメージングジャパン、(株)ピクトリコ、ギャラリーE&M西麻布、KN-PHOTO
後援:DGSM Print Consortium
参加写真家(47名、五十音順)
浅田隆一郎、稲垣雅彦、エドワードレビンソン、大坂 寛、織作峰子、加藤法久、加納 満、亀山 仁、木村直人、桑原史成、小菅琢哉、齋藤康一、BAKU斉藤、酒井久美子、佐藤 理、佐藤 真、杉山宣嗣、鈴木英雄、大門美奈、多木和夫、竹内英介、達川 清、谷 雄治、中川十内、中島秀雄、中道順詩、永嶋勝美、長嶋正光、長濱 治、南雲暁彦、沼田早苗、ハービー・山口、萩原佳一、HASEO、英 伸三、原 直久、HARUKI、広川泰士、福原 毅、藤井英男、細谷秀樹、舞山秀一、松田敏美、両角章司、山口一彦、山田愼二、渡邉 肇

Rolleiflex修理から戻る

2月にヤンゴンでシャッターが動かなくなったRolleiflexが先日、修理が完了し戻って来た。
壊れたシャッターの修理に合わせて一通りのチェックをお願いしたところ、ピントがやや前ピンであったことなどが判明しそれも調整してもらいすっかり甦った感じがしている。

このRolleiflexは2.8FというモデルでレンズはCarl Zeiss のPlanar80mm/f2.8が付いている。今から15年くらい前に銀座の中古カメラ屋で購入した。使い始めて2年くらいのころ、オリジナルのピントスクリーンに元々入っていたヒビが拡大し割れてしまった。当時、千曲商会が作っていたスクリーンを入れたがピント合わせに難航してて交換スクリーンを探しが続いていた。1年くらい経った頃eBayで今使っているスプリットがあるスクリーンを見つけ今に至っている。

修理に出ていた3ヶ月の間、予備機として2.8Cを購入したが、戻って来た2.8Fを手にするとやはり馴染む。
このカメラを買いに行ったとき、銀座の某店で確か2台あった2.8Fのうちの安い方だった。値段の差はローライキン用のカウンタ部品の有無とお店の人が話していた。ローライキンとは35mmフィルムを使う時に必要でそれ用にいわゆる余計な部品が付いているから値段が安くなっているとの話。そこさえ気にしなければレンズの状態などこっちの方が良さそうに思えた。
もう、これに決めようかと思ったが、銀座は銀座、他にも在庫のありそうな店があるのでそっちを見てからと思い店を出た。有力そうな店を2箇所見たが予算と程度を考えるとやはり、さっきのが良さそうだった。
そうそう売れるものでも無いだろうしと呑気に店に戻り棚をみるとそれが無かった。店内を観るとカウンターにローライを3台並べて腕組みしている初老の男性が店員さんと話をしていた。

ここでよくある展開は背後から「買うな買うな」と念を送るのだろうが・・そんなことを考える間も無く初老のお方は3.5Fをお買い上げ。私が目をつけていた2.8Fは店員さんが私に気づき、そのままカウンターに置いたままにしていた。

もう一度手に取り購入を決めた。1週間だか10日だか初期不良があれば対応するので早めに使ってみてくださいと言われた傍からフィルムを詰めた。店を出て銀座をブラブラしながら2本撮って、ここで我に帰りシャッtー速度と絞りを組み合わせ使いそうな範囲のシャッター速度で1本機械的に撮影。

帰宅後現像したが特に問題は無さそう。お店では露出計の針は動いていなかったが何故か動いていた。この露出計は時々動かなかったり動いたりとを未だに繰り返している。元々おまけ程度の露出計だからあまり使わないが、それでも過去に数回、このオマケに助けられている。

これまで2度オーバーホールをしたが手入れをしておけばまだまだ現役、私のメイン機材であり続けてもらわねば。

これは10年ちょい前に行っていたワークショップのブツ撮りのときの一枚。焼き込みなどの指示がそのまま残っている。

今までハッセルも一時使っていた。全く同じ銘柄のレンズなのにプリントするととても似つかなかった。ハッセルはレンズ交換というより途中でフィルム交換ができるのが魅力だが合体ロボ系で決まりごとも多く、壊してしまいそうだし自分のモノクロプリントとしてはローライの方が合っていると思えハッセルは友人のところへ渡って行った。

ステートメント再考

先日、サイトのステートメントを更新したときに古いステートメントを作った頃を思い出した。この先時間が経つと記憶もあいまいになりそうなので自分自身の整理のため書いておこうと。

以前のステートメント。

「撮り続けている被写体

私 の被写体は人が意識的にあるいは無意識に演じているドラマです。人は個々に人格が有り、生きてきた人生があります。これらはその人を取り巻く宗教観や社会 風土、親兄弟や友人たちにより築かれてきたものだと考えます。人間が暮らす社会では協調や摩擦、時として衝突が起き、それらのドラマが人に喜びや楽しさ、 悲しみや怒りを与えます。私はこれらのドラマに惹かれポートレートやスナップ写真を通してドラマを表現したいと考えています。」

これは2009年に参加した写真に関するレジメを英語で作るワークショップで作ったテキストの冒頭に出てくる部分だ。作った頃はステートメントと言うよりは、プロフィールの一部で「私はこのような考えで写真作品を創っています」とわかりやすくて観た人に伝えるのが目的だった。ワークショップでは撮った写真だけで無く、これまでの写真との関わり、時には人生を振り返りながらテキスト化していく半分カウンセリングのようなワークショップだった。海外まで含めた写真界隈のことはわからないがこの頃、写真で作品をつくるのに”プロジェクト”や”ステートメント”という単語を私はほとんど聞かなかった。写真展は写真とタイトルとキャプションで構成されていたと思う。

2009年のころはミャンマーの撮影は初め4年が経ち作品としてまとめようと考え始めた頃だった。それまで撮っていたのは近所、国内、国外のスナップがほとんどだった。今思うと旅先で撮って、ちょうどモノクロプリントの面白さを感じ始めていた頃だったからモノクロ映えしそうな被写体を探していた時期でも有った。一枚の写真として成立はしていたと思うが、個展や写真集などで自分で写真作品とし発表するには何か自分の核(当時はそれを漠然と”テーマ”と理解していた)になることが必要だと考えいた。

なのでワークショップを受けた理由の一つはその「テーマ」を見つけたかった。しかしこの「テーマ」がくせ者で根拠説明まで考えるとまとまらない。そんなものは無くても写真が良ければメーカ系ギャラリーに出して通って個展をすることもできるのだろう言う人も居て、自分もそうだろうなぁくらいは考えていた。

結局、どのような場所(ギャラリーの種類)で何を目指して発表したいのか、写真集を作りたいのか目標もビジョンもあいまいなまま写真を撮っていた。それでも楽しかったからそれはそれで良かったのかもしれないが。

そのような状況で受けたワークショップ。それでもこのレジメ(ステートメント含む)をつくる過程で自分が撮って作品にしていきたいことがある程度整理できていたように思える。そして私が幸運だったのは、それを実現できそうなミャンマーとの出会いがあったことだ。

2018年1月、2冊目のミャンマー写真集を世に送り出し、ホームページのステートメントに違和感を感じていたことを踏まえそ新たに書き換えたステートメント。

私は現在、主に東南アジアのミャンマーで作品制作を続けています。
ミャンマーは2013年以降、新しい文明と古い文化が激突する激動の時代を迎えています。私は軍事政権下の2005年からミャンマーの人たちとその暮しを撮り続けています。ここで見る人々の強く透きとおった瞳は、かつて日本にもあったものだろうと思います。私はミャンマーが人々の幸福をたたえながら発展していくことを願いながら写真を撮り続けています。

ミャンマーは東南アジアに位置し、中国とインド、タイなどと国境を接し、人口は約6000万人、面積約68万平方キロメートルの国です。

最近まで軍政がひかれていましたが2015年に民政復帰後の総選挙でアウン=サン=スーチー氏率いる国民民主連合が勝利し、国際社会の注目する中民主政権が樹立され、欧米や中国、日本が次々に経済支援に参加し経済援助、直接投資を開始しました。

その結果、現在のミャンマーは劇的な変化をきたしています。経済、政治をはじめ、人々の暮らしにも、この状況は大きな変化を与えています。都市部の建設ラッシュと渋滞の激化、地方でも道路が整備され、森林が切り開かれ、人々の暮らしにも変化が訪れつつある一方、少数民族問題や現政権基盤の脆弱性など先行きの不安もあります。

私がミャンマーに惹かれるのは、国内の政治経済の変化が激しいにもかかわらず、そこに住む人々の眼差しの魅力を感じているからです。その眼差しは経済発展に伴う多様化などで変わらないのか変わってしまうのか、私はそれを見続けていきたいのです。」

前半の段落がそれにあたり、後半は補足説明になっている。できるだけ抽象的にせずシンプルに考えていることを述べるように心がけてつくった。写真に説明、言葉は要らないとの意見も理解できるが、私の作品に関しては言葉で補なったほうが伝わると思っている。

最期に以前のステートメントの英語。今は新しくしたステートメントの英語を作っているところだ。

My theme in photography is to convey attraction and humor of mankind.

My object is the conscious and unconscious act of human drama. Individuals have characters of their own and corresponding lives. I believe religious beliefs, native cultures, families and friends that surround each individual formed people. In the society where people live, harmony and friction, and sometimes collision occur. Those human dramas are the source of fun and joy, and sometimes sorrow and anger in our lives. I am intrigued by the drama and I fell humor and irony in them. I try to reproduce the drama through snapshots. I assume that I might be confirming what I desire to become or not to become. Through taking portraits, I may be seeking to get understanding and sympathy from others as well as to compliment my shortcomings.