その島で撮られた1枚の写真が

太平洋戦争の運命を変えた・・・

その写真は1945年2月23日、硫黄島で撮影され、ピューリッツァー賞を獲得した有名な一枚。

 

この一枚が長引く戦争に背を向け始めた米国民に団結を促し、戦争国債を大量に発行し、一気にこの半年後に日本を敗戦に追い込んだ。

昨夜、シネコンで見た映画「親父たちの星条旗」、12月公開の「硫黄島からの手紙」との2部構成になっているそのアメリカから見た硫黄島だ。

硫黄島の戦いはアメリカ側の圧倒的な物量と兵力、火力で5日で終わると思われていたなか、日本軍のゲリラ抗戦で一ヶ月の長期戦になった太平洋戦争屈指の激戦だったと歴史のなかに記憶している。

アメリカの巨匠、クリントイーストウッド監督のもと映画化されたのだが、戦争モノにありがちな、派手な戦闘シーンばかり目立つパターンと違っていた。淡々と進むストーリーは米軍の若者が些細な偶然で、英雄に持ち上げられて、国家の為に、戦場で死んでいった本当の英雄達の為に様々な矛盾や葛藤と戦いながら国債販促ショーをこなしていく。そして英雄達の様々な運命を、彼らの子供が思う物語として纏めていた。

この映画を通して感じたことは、アメリカと日本の戦争に対する一般市民の係わり方の違いだった。日本は国家総動員法のもと国民一人一人が全てを捧げて、命まで捧げて軍の思うままに突っ走ったのに対して、アメリカは軍が国民に戦争国債を売ることで戦争を続けていた。

この違い、一部の良識常識を握りつぶし引き際を見誤り本土空襲、原爆投下で身をもって知るまで戦い続けた日本人とアメリカ人。

映画の最後に、日本から見た硫黄島「硫黄島からの手紙」の予告をやっていたが、今度は敗戦側の映画。アメリカ人の監督がどのように描くのかが楽しみでもあり、憂鬱なのも正直なところだ。でも観に行くつもりだ。

1枚の写真のもつ影響力。

そして、明日は写真展の搬入展示だ。

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このページは、kameyamaが2006年11月18日 23:11に書いたブログ記事です。

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